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| ●気配り、やさしさ、声かけで救われる | ||||||||||
「感謝」の学び(3/3) |
眞鍋 信一 | |||||||||
| 実際に施行してくれた先生が来てくれた。「非常にいい治療ができました」との説明。思わず妻とともに笑顔に。「ありがとうございました」。この言葉が、心の底から自然に出てくる。こんなに自然な形で純粋にこの言葉を掛けてもらえる仕事はどのくらいあるのだろう?いかに医師をはじめとする医療従事者の存在が、ありがたく尊いものであるのかを、改めて感じた瞬間であった。 これで全てが終わった気になっていたが、術後6時間の安静が指示された。「苦痛」という意味ではここからの約6時間が最も大きかった。 出血の可能性があるので足も動かしてはいけないらしい。 動いてはいけない事がこんなにもしんどい事とは・・・。 腰が痛い、かかとが痛い、体中が痛い。 妻が帰宅した後は、話をする相手もなく、苦痛に耐えながら悶々とした時間を過ごす。 1時間くらい経ったかと時計を見るが、15分くらいしか経っていない。 「えー・・・・・?!」。 「あー、しんどい!」安静が解除される夜10時をひたすら待つ。 待望の10時が来た。5分過ぎても何の連絡もない。先生や看護師さんにとって5分や10分は、誤差の範囲なのだろう。それは分かる、理解できるが患者にとっては途方も無い時間である。 先生と看護師さんが来た。この喜びは形容し難い。点滴が外され、憎っくき膀胱留置カテーテルが抜かれた。圧迫止血のために、きつく貼られたテープが剥がされる。「痛み」という意味では、これが一番。でも我慢する。やっと待望の自由が手に入るから・・・。 膀胱留置カテーテルのおかげで、尿道が痛い。尿意とも言えないなんとも嫌な感じ。トイレに行きたい!! 30分程は、ベッドの上でゴロゴロしておかなければならない。「トイレまであと30分」と心の中で繰り返し待った。 先生が来て最終的に穿刺部位を確認。「もう、大丈夫そうですね」「先生!ありがとう!!」 早速、トイレに向かう。穿刺部位の腫れがあり、普段通りには歩けない。足を引きずり待望のトイレに。 「あれ?」。暖かいものが足を伝う。「わー、出血や」。下を見ると足元が血の海になっている。スリッパを脱ぐとスリッパから血がザーとこぼれる。 すぐ横のナースステーションに行こうと思ったが、まだ本懐を遂げていない。今声をかけると、再安静そして忌まわしき膀胱留置カテーテルの再留置があるのではないか? ここはひとつ冷静になって本懐(おしっこをする)を遂げようではないか。もう一人の自分が語りかける。 ガーゼの上から穿刺部位(出血しているところ)を押さえる。便器まであと3m。足を上げるたびに血がボトボトと落ちるが気にしない。無事、本懐を遂げた。 出血しながら歩いたせいで血液汚染の範囲を広げてしまった。掃除が大変そう。「看護師さんごめんなさい。そしてありがとうございます。」 その後、しばらくの安静は必要であったが危惧していた事はなにも起こらなかった。「今日は、このまま寝よう」 退院までの数日は、検査と穿刺部位の確認程度で退屈な日々を過ごした。普段は、ゆっくりゴロゴロしたいと思うが、願望が叶えられると思っていた程楽しいものでもない。 5日間の入院を経て無事退院した。この5日間で様々な経験をした。痛いこと、しんどい事が多かったが、その中で「救われる」という体験もまた多かった。 先生や看護師さんの気配り、やさしさ、声かけで「救われる」ことが多かった。痛み、しんどさ、不安は何をしてもきれいに消え去る事はない。 看護師さんが、どんなに優しく微笑んでくれても、痛いものは痛いのである。しかし、自分は忘れられていない・自分を気にしてくれている人がいることを実感できると不思議に「救われた気分」になるものだ。果たして自分がそのような看護師であるのか?と考えさせられた。 これが、初めての入院体験の全容である。今回の入院で、健康は当たり前の出来事ではないことを今更ながら実感できた。健康でいられることに感謝。周りに、自分を気にしてくれる人がいることに感謝。医学の進歩と技術力に感謝。感謝、感謝である。 少し複雑ではあるが、「感謝の気持ち」を学べた、今回の入院そのものにも感謝した方がいいのかな?いつまでも、素直に感謝できる人間でありたいものだ。 |
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