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28回生
石井 賢臣
入学当初、私は「また、なんで、看護の道なんて選んだんやろ」「俺に向いてないんとちゃうかな」と思っており、 地元の友人たちも、「お前が看護なんて大丈夫」などと言われていた。その時は笑い話ですませていたが、本当は看
護の道を選んだことを悩んでいた。そんな漠然とした思いのまま、基礎看護実習を迎えることになり、患者様の前に 行くこととなった。
初めは「行けば何とかなる」という曖昧な考えであったが、その考えは実習開始直後で打ち砕かれることとなった。 その患者様は80歳代の男性、末期の肺癌でベット上安静を強いられている方であった。家族の面会も少なく、ほとん
ど話をされない方であった。そんな方の前に、私は何をすればいいのか解らず、漠然と目的を考え、清拭などのケアを実施しながら、記録をする だけの実習を続けていた。二週間程過ぎたある日、患者様の呼吸状態が悪化し、病状が急変した。酸素療法が開始と
なり、更には、呼びかけに反応することがやっとという状態となった。必然的に話など全く出来ない状態であり、私 はそんな中、何も出来ないというジレンマを感じながら日々が過ぎていった。その間、ただ氷枕を交換したり、家族がこない時間ずっとベットサイドで患者様の冷たく、萎れた、年老いた手を握
りしめていた。そして、患者様はたくさんの楽しい事つらい事を乗り越えてこられたんだ、と思う事しか出来なかっ た。
ある時、引率の先生に「俺ってどうすればいいんですか?」「患者さんに何もケアをしてないですけど」という思い を投げかけた。すると、先生は「もうしてるじゃない、氷枕を交換したり、そばにずっと居て、手を握っているだけ
でも看護」「何も話を出来ないからこそ、今、その人が何をして欲しいのか、自分なら何をして欲しいのか。を考え たら、他にも色々出来ることが出てくるんじゃない」という答えが返ってきた。私はその言葉を聞いたとき、自分のなかの漠然とした看護観に1つの道が出来そうな気がした。今までやっていた事
は無駄では無かったが、考え方が、自分本意のであり、そこには患者様が無かったのだと気付かされた。やはり自分 中心の考え方でしかないのだと感じた。私は、その言葉を聞いてから、患者様がなにをして欲しいのか、自分ならど
うして欲しいのかについて、を必死に考えるようになった。
冷たくなった下肢を暖めたり、体位変換も際、背部のマッサージを行ったり、乾燥した口を濡れたガーゼで湿らせたりなど患者様が少しでも安楽と感じられるケアが自然と考らえれるようになった。患者様の反応が無いため、本当にそのケアがよかったのかは解らないが、その患者様の立場に立って考える努力をした結果に出たケアであったので、この時、行った援助は間違ってはいないと思っている。
実習最終日、その患者様は、息を引き取られた。私は、その患者様を最後まで見たいと思い、最後の清拭まで入らせていただき、見送る事が出来た。川島みどり氏は「この病名で、この年齢で、このような家族背景をもっている人はどのような思いで今、ここにいるのだろうか。自分がこの人の立場であったら、どんな気持ちなのだろうか。と患者の気持ちを思いやること」や「何らかの役に立ちたいと願いながら、その人のことを一生懸命考えながら実習しているからで、いつまでもこの心を忘れないようにしたい」とキラリ看護で述べている。確かにそうであると共感できる所である。
病名や、生きがい、更に、生活背景や、困難な部分だけを見るのではなく、持っている力など全ての事を総合的に考えていくこと。そして、その患者様の役に立ちたいという気持ちと、思いやる気持ちを持ち、その人の立場にたった考えで、看護を実践する事が本当に、その患者様にあった看護であると考える。そして、その考えを持ち、援助することで、患者様の生活の質、生命の質を保つ事となり。患者様が本当に求めている看護を提供する事に繋がっていくものだと考える。私は、実習を通して、実際に患者様と接し、患者様の求めている援助を考えながら計画を展開し、行うことによって、患者様の笑顔などが見られた時の喜び、目標が達成された時の喜び。机の上では学べないことを学べる楽しさを感じることができた。実習を通してたくさんの患者様と接することで、初めに思っていた看護に対する迷いは無くなった。これからも、実習で学び得た看護観を忘れず、看護の道を進んでいきたいと思っている。 |
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