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| ●2008年6月10日号内容紹介 89年から大阪府で初めて精神障害者の働く場としてスタートした精神障害者授産施設、ロータスアートを経てもっと働きたいという方への場として、2001年9月(実際の開業は12月)、近隣の大きな反対の中、また法人も大きな犠牲を払いながら精神障害者福祉工場、ときヨシをスタートしました。近隣への説明の中、「5年で理解が得られなかったら要求どおり撤退します」と言ってきましたが、「5年で理解者が生まれ、10年で応援団が生まれる」というこれまでの経験的信念のもとで運営してきました。「駅から福祉工場までスタッフがつけ」「一目で精神障害者と分かる服を着せろ」などとんでもない要求も突きつけられましたが、その後は大きな反対もなく、運営委員会に反対者の方にも入っていただき、いろいろ模索してきました。積極的な反対者はないものの、理解を示し応援してくださり、パン販売、喫茶店利用、弁当利用、印刷利用などの領域で大きな伸びもなく推移しました。運営側の努力も足りなかったのかもしれませんが、それでも近隣に向けてパン食べ放題キャンペーンをしたりもしましたが効果ありませんでした。 働きたいという人々の願いをかなえるべく、法人では福祉工場の前からも、さわ病院の食養課や施設係や弁当配達(フロイデッセン)そして病院近くの喫茶店でも最低賃金以上を支払う就労の場を用意してきました。福祉工場では毎年の決算報告でも家賃で1100万円(1701万円の建物賃借料の福祉工場按分)、それ以外の部分で1700万円の法人からの繰入金で運営してきました。予算ではなんとかこの赤字を解消すべく、建物を貸してくださっている方に無理をお願いして減額していただき、スタッフも法基準に合わせるようにしてきましたが決算時の赤字は解消されないままで推移し、ずっと法人繰入金で運営がされてきました。家賃は最終的には法人負担を覚悟したものの、それ以外がマイナスでは、診療報酬が2年ごとに下がっている法人運営の中では維持困難として昨年8月に働いている方に9月より最低賃金維持は困難とお話ししました。直ぐに大阪府や労働基準監督署に話を持っていったものの、福祉工場が最低賃金を支払う施設という基準があるからと受入れられず、また完全にやめると最初の補助金1000万円程度を返却しなければならず、3月で新しい自立支援法のもとの就労移行支援事業に移るといいましたが、府は手続きを進めないため、診療報酬がさらにこの4月から下がり、これまで通りの法人繰り入れは出来ないと考え、法人としては3月31日をもって福祉工場は閉鎖し、次の施設への移行を進めると府に言いました。現在就労中の方には昨年8月に方向性を伝えたものの移行がはっきりしないままで半年以上を経過し、大変心配をかけたことを申し訳なく思っています。また当時反対していた近隣との調整にご尽力いただいた豊中市の福祉のトップの藤沢さん始め多くの理解者にも力なかったことをお詫び申し上げたいと思います。 ただ、先に述べましたように、最低賃金以上で雇用している場もすでに25人分用意しており、このような場をさらに拡大したいと考え、昨年12月に国分病院、木下院長とともに株式会社きびもくを設立したことはすでにお話したと思います。また福祉工場は就労移行支援事業に移る予定ですが、豊中で2ケ所あるより2つに分けることも考えております。今後も精神障害者の就労には就労の場の用意、就労支援講座の開催、就労支援センターでの支援などこれまでやってきましたことを継続するとともに、さらに勧めていこうと思っております。どうか今後もご理解、ご支援いただきますようお願い致します。 理 事 長
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